シカゴブルースのボスが、ゴッドファーザーを歌う
ブルースが好きな人でこの人を知らない人はいないでしょう。
また、ブルースに興味がある、もしくはあまり詳しくない人でも名前は聞いたことがあるのでは?
その人の名はマディ・ウォーターズ。
歌声は野太く、セクシー。B.B.キングのような歌のうまさがあるわけではないのです。でも、この人が歌いだすだけで雰囲気ががらりと変わる、聴衆を引き付けてしまう、そんな魅力からいえばブルース界でもトップレベルでしょう。
それに、決してテクニカルではないけれど、妖しくいやらしいスライド・ギター。
低音弦側をボトルネックで勢いよくリフを弾くスタイルはロックへのつながりを感じられ、1、2弦をプイ~ンと鳴らせばデルタブルースの香りがプンプン。
さらに、バックバンドのすごいこと!
たとえば、ハーモニカだけに絞っても…
リトル・ウォルターにビッグ・ウォルター、ジェイムス・コットン、ジュニア・ウェルズ…この人たちだけでお客さんも呼べてします、フロント級の名プレイヤー(実際、彼らは自分名義のアルバムも出しています)。
ギターにしろ、ピアノにしろ、そんな人たちが集まってバックに徹するのです。
マディに限らず、ブルースやジャズの世界ではよく見かけますが、この人の場合は豪華すぎる!
マディ・バンドにいた、という一言がそのプレイヤーの実力を物語る代名詞になってしまう。
マディ個人だけでも聴きごたえがあるのに、そこにこんなバックがついたら鬼に金棒。
この面々が録音したブルースは、ついには海を渡ってたくさんのミュージシャンに影響を与えました。
有名なのは、イギリス勢のエリック・クラプトンにローリング・ストーンズ、フェイセズあたりも絶対好きなはず。
ストーンズのバンド名がマディの曲”Rollin’ Stone”から名づけられた、なんてエピソードはロックファンの間でも有名ですよね。
いまさら語る必要もないことを書いてしまいましたが、本当に偉大なブルースマン。まさにシカゴブルース界のボス。
そんなマディが1960年に、チェスレコードより発表したアルバムがこちら。
”MUDDY WATERS SINGS BIG BILL BROONZY”
タイトルにもある、ビッグ・ビル・ブルーンジーとは主に1930年代から1950年代に活躍したブルースマン。1920年代にはシカゴに移り、亡くなる1958年までブルースを演奏し続けました。
マディが1940年代からシカゴで活動を始めましたから、ブルーンジーはマディの先輩になります。
しかも、ブルーンジーの驚異的なギターテクニックと、ディープな歌声は数多くのブルースマンに影響を与えました。そして、その中の一人がマディ。
ブルーンジーはシカゴブルース界ボスのアイドル、つまりシカゴブルース界のゴッドファーザーといえますね。
ストーンズがマディに憧れたように、ブルーンジーから影響を受けたマディが彼の曲をカバーした一枚。しかも、全曲ブルーンジーのカバー!
ビッグ・ビル・ブルーンジーがアコギの弾き語りで録音した曲たちを、上述したバンドを従えて、極上のエレクトリックブルースに調理しちゃいました。
マディ、ゴッドファーザーの曲を完璧に自分のものにしています。
何も知らずに聴いたら、いつも通りのゴキゲンなマディの歌やバンドサウンドやん!!、って思ってしまいます。
でも、このアルバムの最後の曲、”Hey,Hey”なんかはオリジナルのギター奏法をうまくバンドで表現していて、マディからブルーンジーへのリスペクトが伝わります。
マディにも、アイドルがいて、憧れていた時代があったんだよなぁ、と少し微笑ましい気持ちになります。微笑ましい気持ちになるジャケットでは決してありませんが。
個人的に、マディの最初の一枚に聴いてもいいと思います。よくおすすめされるのは”The Best Of Muddy Waters"ですが、こちらもマディの良さが味わえますから。